素知らぬ素振りが親切に違いない
電車通勤の最中の出来事。
幸い空いていて座ることができた。この年になると出勤前の体力の消耗はノーサンキュー。あーありがたや、今日はついている。あとは職場最寄りの駅までボーっと座っていればよいだけ。だけど、そんな日でも何かは起こる。
対面に座っている同じ年頃の女性が髪を振り払う動きをした。そのとき何か落としたらしく、カランと音を立てこっちの座席のほうに転がってきた気配。「ヘアクリップでも落とされたのかな」と思い相手を見たが、何もなかったかのような顔をしている。
落としたことに気づいていないのであれば、拾ってあげなければいけない。というわけで、音がしたあたりを見ても何もない。いや、何かはある。緑の玉虫色のカナブンが。
ああカナブンを振り払ったのね。緑の多い地域だからそういうこともあるよね、きっと。
ここでの親切心は、もちろん「このカナブン落とされましたよ」と拾ってもっていってあげることでは絶対にない。相手の女性と同じく知らぬ存ぜずを通すことが正解で、もちろんそうした。はい、私は何も見ていません。
もし私の髪にカナブンが止まっていたら、「キャッ」だか「ゲー」だかの声を出してしまうかもしれない。そう思うと、向かいの女性は声もなく処理したわけでご立派だ。私もこういったときがあれば、かくありたいと思う。もちろん起きないに越したことはないけれど。